錦鯉タッタR(yamadarei)が演劇から考える

錦鯉タッタの山田零が、演劇から考えるブログ

劇団「AND」の感想。それが、1週間後の稽古の感想と混じったみた

劇団どくんごの演出家オススメの北海道の劇団「AND」を見に、タイニイアリスに行く。


本当はていねいに書くべきなんだけど、その余裕がない。だからとても乱暴な言い方になるけれど(たいへん失礼だし、ある意味で「流して」ほしいんだけど)せっかくだし、感想を書いておく。


ダメだった。ゆるい。
芝居自体が古くさいのは悪くない。(自分たちのほうがさらに「古い」意識はある。)でも、なにより、ゆるい。20年前に名古屋の「少年王者館」を見たときの鮮烈さと比べると、、、比べられないくらい。
親分(作・演出・主演)の心意気は伝わってくる。特にラストの帽子を使ったシーンで。
でも(俺には)それ以外はゆるかった。


個々の役者がさぼっているわけではない。あとで聞いてみればキャリアのある女優さんなんかは明らかに「うまい」。ただ、それが生きていない。「くふう」や「細かな気遣い」や「それなりに見える、演劇に必要な作法」は、ある。ただ、あえでいうならば「情動」がない。(この言い方に俺の「古い」あり方が表れているかもしれない。)


言い方を変えれば、親分の彼には「情動」が感じられる。でも、彼が特殊なんじゃないと思う。それは芝居の(芝居のつくり方の、稽古の)構造にょっていると思う。あの、いちばんキツクていちばんオトクなところを自分でやって(ほかの人に渡さないで)どうするんだ、、、という感じ。


、、、これは、まったくの自分事としてある。
今回、「自分が出ない」という選択をしている(そして、それに喜びを感じている)からこそ、強く感じたことだとも思う。


演劇が、芝居が、誰かの頭のなかの構想の現実化(目に見える化)だとしたらツマンナイじゃないか。役者との、役者のなかでの、お互いの齟齬があり、役者自身が自らを驚いてしまうような危険な場で演劇がないのだとしたら、それは、、、。


ずいぶん昔に、昔いたグループで言われていたフレーズだけど「楽しいことは楽じゃない」とホント思う。
なんか、今晩(20日)に稽古したことの心のブレの痕跡が「AND」に対する感想に多分に混じってしまったみたい。


いつかどこかでまた見たいなー。どくんごと仲がいいみたいだし、そんな機会もまたあるだろう。
そんで、俺たちの芝居を彼らに見せる機会があるといーなー。