錦鯉タッタR(yamadarei)が演劇から考える

錦鯉タッタの山田零が、演劇から考えるブログ

DVDと版画の個展と抽象と「金」。

阿蘇の麓からDVDが転送されてくる。
ちょっと前まではビデオさえなかった気がするのに、時代の変化にはとんとついていけない自分。
とはいえ、なりより、ありがたや。


仕事の届け物のついでに、銀座に知り合いの版画家の個展に行く。


街を歩いてみても、世界の様子がよくわからない(見えない)。
外でも眼鏡をかけるようにしようかなー。


個展は「家」がらみのタイトルやイメージが多く、かつ、線というより、それなりの面積を占めるモノがめだってて、人は変わっていくものだなー、としみじみ。(以前は「線」が多かった気がする。)


お隣でやっていた女性のほうは俺が見にいった彼女より、より具象的だった。
「抽象」ということについて、イメージというものについて、ちと考えてしまう。
美術の世界のほうがよりリアルで(よりメンドー)なんだと思うけど、演劇の世界のことを考えても「具象・抽象」の話はデカイ。変な言い方になるけど、抽象というものの「リアルさ」が求められているんだよなー、と思う。
現実的にはどこの世界でも「リアルさ」は政治性として「処理」されていていることが多く、その切羽詰まった感じと同時に、その希薄さ・平板さがめだってしまう。(お隣の彼女はエスニティを軸としていた、、、。)


「飯を食えない奴がいる」という現実を表象するのはとても困難だ。
いうまでもなく、、、。
こんなにいっぱい存在しているというのに、、、。


有楽町の真ん前にあった映画館らがあったエリアが立て直されるらしく、更地になっているのには驚いた。
あのバブルを乗り越えたのになー。地主が死んだのだろうか、、、。
(ま、あの立地ではほっとくほうが不自然だったけど。)


「金の流れ」とはいったいどんなもんなんだろう。
けれど、この「狂ってる」のが現実なんだよ、と(改めて)思う。
ふー、俺はあまいなー、あいかわらず。
ぼっちゃん育ちなわけじゃないのになー。
(「戦後教育」のせいなんだろか、、、。)


本屋にひさびさに寄ったけど、なにも買わず。
やっぱJDSはレベルがちがうよー。
(つまらぬ)本が増えるのは嫌だ。
とりあえず図書館でも行ってみるか、、、。