錦鯉タッタR(yamadarei)が演劇から考える

錦鯉タッタの山田零が、演劇から考えるブログ

わが実家と「皇室」という名の家庭。子が生まれるということ、、、。

うー、毎度といえば毎度。
ただ、1カ月前のものを書くとは、、、。
ささっといこう。


夕方からは天皇制がらみの集会がある。
行く予定だった。
だけど、実家のほうで用事があり、そちらへ。
この「実家」というのが「家」ということもあり、なんともリアルでよい。
運動もこういうリアリティを抜きにしたらあかんのよね。
そういえば「昭和天皇」の葬儀のときも実家がらみの法事だった。
ふうむ。
あれからずいぶん時間は経った。
変わったことは変わったし、変わらないものは変わらない。
ま、問題は自分だ。(俺、俺、主義、、、。)


駅前の喫茶店で生真面目な話を2時間ほど。
うー、人生いろいろだー。
のち、小僧を受け取り、墓へ。明日が命日なのだが、命日付近に墓に行ったこともなければ、そもそも、年に1度も行ってないという現実。
けっこうていねいに墓を掃除した。


そんなこんなで、時間は過ぎる。
ふとみると、集会はもうはじまっている。
ま、こういうもんだ、、、。
こっちも家庭、あっちも(いま問題にされがちなのは)家庭の話だ。
ホントは家庭の話じゃないんだけどね、、、。


中上健次ではないが、「子が生まれるのはなんであれすばらしい」というふうに最近考えがちな俺はもちろん中絶を容認しているんだけど、「なるようになる」というか「もっと深いところでは死ぬも生きるもいっしょ、だから、生きたいし、怒るし、うれしいし、かなしい」というノリ、、、。
はー。
(かなしい、が最後に来るところがかなしーよなー。)